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2002年06月15日

メディアリテラシー

インターネット放送の主流のコンテンツはおそらくノン・フィクションになると思う。ドラマや映画などのフィクション物は製作に莫大なコストがかかるため(そのほとんどはタレント・俳優だが)、ナローキャスティングが主流になるであろうインターネット放送にとっては、ちと苦しそうである。ところで、ノンフィクションといえども事実と異なるメッセージを送ることは簡単である。
そこでメディアリテラシーが重要になってくる。と思って読んでみた岩波新書から出ている「メディア・リテラシー」(菅谷明子著)という本が大変面白かった。

日本では近年コンピュータリテラシーが注目されているが、本来それよりも先に来るべきメディアリテラシーというものにきちんと取り組んでいる教育機関は少ないだろう。これは、メディアの特徴を正しく理解し、送られてくるメッセージを鵜呑みにせず、主体的にメディアに関わる事ができるようにするための教育である。例えばTVニュースがどのように製作されるかを知り、ニューストピックがどのように選択されるか、同じニュースでも報道の仕方によって伝えられるメッセージがどのように変わるかを体験したりする。
メディアの中心がマスメディアであり、マスメディアを信じることがお上のいうことを信じることとある意味等価であった今までは、メディアリテラシー教育に国家が力を入れてこなかったのはもっともといえよう。ところが、今後インターネット放送も通常のTV放送も同じTV受像機で視聴できるようになると、受け手側の主体的判断というものが重要になる。放送法にあるのように不偏不党を義務付けたりチェックしたりする強制力が働かないため、映像メディアの世界も受け手側の自己責任が問われる時代になってくるのである。つまり、メディアリテラシーがないために、国にとっても不利益になるという状況が容易に生まれる得る。もちろん、賢い消費者であり、正しい民主主義の担い手であり続けるためにはメディアリテラシーは不可欠である。
この本は、メディアリテラシー教育先進国であるイギリス・カナダ・アメリカの取り組みを豊富な取材を元に紹介している。コミュニケーション能力をつけることが目的の国語教育の一環として教えられることが多いようだが、「世の中のコミュニケーションが圧倒的にビジュアル言語を通じて行われているのに、教育現場ではいまだに書き言葉・話し言葉偏重であるのはなぜか?」というある教授の問いかけが印象的であった。いまや、電子メールですら絵文字の多数入ったビジュアルコミュニケーションともいえる時代に、学校教育自体が追いついていないのである。

投稿者 hyotan : 2002年06月15日 11:27

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