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2003年11月24日
メディアのconvergence から reconstructionへ
ここ数年、放送と通信の融合と言われてきた(私自身も言っていた)が、最近はちと遅れているアメリカのメディアが未だに convergence という言葉を使う以外にはほとんど見かけなくなった。最近、これはflow型映像メディアとstock型映像メディアへの再構築(reconstruction)なのではないかと考えるようになってきた。ビジネス的にはいつまでも冬の時代が続いているインターネット放送が次のステップに行くきっかけをつかめないだろうかと思ってまとめてみた。
flow, stock型映像メディアについて私なりに定義すると以下のようになる。flow型というのは、同時体験や時間・場の共有のことである。TV電話・会議、ビデオチャットがこれだし、ワールドカップのスポーツ観戦、ライブエンタテインメント中継、刻々と伝えられる数年に一度の大ニュースというのもこれに入る。ずっと軽くなってバラエティ番組で時間をつぶしているのもそうかも知れない(典型的には「笑っていいとも」)。これに対して、stock型というのは要はアーカイブされた映像をみるもので、映画、ドラマ、ドキュメンタリーなどの情報・教育番組、一般的なニュースなどである。
stock型の進むべき道は分かりやすい。要は書籍・雑誌の映像版である。現時点ならばレンタルビデオやDVD-HDRであるし、コスト面でなかなかテイクオフしないVideo on Demandもこの延長上にある。視聴する環境も、家庭でふと思ったときに気楽にコンテンツが入手できることや、モバイル端末によって日常の隙間時間でも見られるような形になるだろう。stock型映像メディアは公称何百万部という新聞を除けば、同時配布のボリュームが少なめな多品種少量メディアなのでインターネットとの親和性は高いと考えられる。
flow型に関しては、文字の世界であってもまだまだ未成熟なのでお手本がないが、メーリングリストや掲示板、ニュースグループ、blogなどにその萌芽が見られる。スポーツ中継や大ニュースの報道の様子を見れば分かるが、この分野はインターネットを使うよりも既存の放送網を使ったほうが具合がよさそうなものも少なくない。しかし、場・時間の共有にインタラクティブ性が絡んでくる場合はインターネットをうまく利用することによってよりメディアの性質を強化することができるだろう。ただし、双方向性が強くなれば技術的にも、舵取り的にも難しい点が多くなる。文字コミュニティで見られるように、少しバランスが崩れるとすぐに荒れたり縮退したりしてしまう。文字よりも一覧性に劣る映像の場合は「ウザい」ものであるから、より難しい。しかし、昔から研究はされている大画面を利用した高臨場感通信や携帯端末によるリアルタイム性をうまく取り込んでいけば、面白い未来がありそうだ。
もちろん、flow型にしろstock型にしろ現時点では良いビジネスモデルがないのが最大の課題である。しかし、それぞれが何を狙うかが明確になれば、稼ぎ方は時間とともに分かるはずだ。すべてが一つにconvergeするのではなく、放送と通信というわけ方ではなくflowとstockに再編成されると考えるとだいぶ頭がすっきりした気がするがどうだろうか?
投稿者 hyotan : 2003年11月24日 13:54