« コンテンツ産業育成!? | メイン | WindowsなしAVPC »
2004年04月03日
共感力と映像
インターネット放送に適したコンテンツとは何ぞや?というものを考える上で、マスメディアとインターネットメディアとの違いというのはヒントになるだろう。ブロードキャストとナローキャストというのは一つあると思う。もう一つ、最近考えているのは、マスメディアからは与えられるのに対し、インターネットでは共感する・させるメディアなのではないかということだ。
新聞とblogを例として考えてみよう。新聞は権威ある報道機関が多数の記者を操りながら情報を入手し、「(あなたは知らないだろうけど)実は世の中にはこういうことが起きている」という形式で書かれる。それによって我々は世界への目を開かされるわけだ。対してblogの場合、優れたblogであっても新聞ほどの情報量はない。しかし、自分と似た目線で書かれているためものすごく共感をすることがある。あるいは、時系列で作者の考えを追うことで、擬似的に一緒に成長しているつもりになり、それが共感を産むことがある。
三国志を読んでつくづく思うのは、大きな社会であっても人の共感・共鳴によって大きく影響を与えていけるということだ。地雷廃絶運動によって何年か前にノーベル平和賞を受賞した女性も、無名の人がねばり強く周りを共感させていって各国政府を動かすまでになった。
さて、映像メディアで共感を産むような視点で作られているものがどのくらいあるだろうか?映画もTVもたいていは制作者が「感動させてやる」といった視点で作っているのではないだろうか?しかし、マス向けの映像でもCMの一部は共感を目的としているものがある。そのあたりにヒントが隠されているのではないかと睨んでいる。マスメディアで頻繁に行われる、物量で洗脳する技はインターネットメディアでは使えない。人を動かせなければメディアとは言えない。その視点から、インターネット放送に適したコンテンツというのを考えてみると面白そうだ。
投稿者 hyotan : 2004年04月03日 07:30