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2004年11月06日
公共放送の重要性
先に断っておくが、最近評判の悪いNHKを擁護しようというものではない。むしろ米国大統領選挙に関係する。
ブッシュが勝利した原因はいろいろあるだろう。主たる要因ではないだろうが、保守派とリベラル派の分断は作用していると思う。単純にいって、保守派(ブッシュ派)がみるTV・新聞・ブログとリベラル派(ケリー派)がみるTV・新聞・ブログの分離が進み、議論の相互乗り入れが進まない。その結果としてネガティブキャンペーンや感情論に重きが置かれる傾向が続いているということである。
インターネットやブログの登場は様々な意見の発表・交換を容易にし、多様性を促進するはずだった。それはある面実現したが、逆に各意見のタコツボ化を推進している点が顕著になってきていると思う。社会的生物である人間は群れる。ただし、群れが一定の規模であればそこに安住し、むしろ敵が存在することで群れの中の安定性に依存するようになる。その結果、外界があることを知りつつ、遮断するようになってきているのではないかと思う。
このような素地があると、プロパガンダやインフォマーシャルのようなものに容易に影響されるようになる。特にそれらには強力なスポンサーが付くために無料で提供されるだろうから、影響力は増すだろう。
どうすればタコツボ化する人々を外に引きずり出せるかが次のメディアにとって重要になるはずだ。一つの方向性として、社会の最大公約数を示す公共的な放送の役割を考えている。これは国営放送という意味でなく、放送法が規定するような中立・平等性を(例え偽善と言われながらも)維持しようとするメディアがより重要な役割を持つようになるのではないかということだ。
今までは強大な権力であるTV放送を打破することばかり考えてきたが、各番組視聴率の確実な低下傾向や、ブログなどのお陰でマスコミの報道=世論という図式がどんどん崩れていくさまを見るにつけ、世論形成における既存マスコミ役割を再評価して再定義しなければならないと思うようになってきた。
投稿者 hyotan : 2004年11月06日 17:20