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2005年02月02日

TV局は特別な報道機関か?

放送は不偏不党の報道機関の役割も果たさなければならないから特別扱いすべきだという議論がある。しかし、ジャーナリズムが現行の放送に合致しているコンテンツであるとは思えない。つまり、前提に無理がある。

インターネットと比べた場合、放送の強みは技術的には大規模同報が安価にできることである。しかし人々の嗜好性や生活時間が多様化した結果、例えばドラマの視聴率は落ち続けている。そもそも視聴率を維持することで広告価値を上げるという一等商業地地上げビジネスモデルの中で、ジャーナリズムのような商業的価値とは切り離されるべき、そして元々商業的成功を求めにくいコンテンツを維持していくことは難しい。それを無理矢理放送波(のビジネスモデル)にのせようとするから、報道番組がエンターテインメント化している。これは不偏不党の報道機関の役割ではないだろう。

誰の家でも実効10Mbpsのダウンロードが可能になったとして(あと数年もすればなるだろう)、現在の地上波TV放送(デジタル含む)の役割を考えてみると、法制度の縛りを外せば、ワールドカップやオリンピックなどの国民的注目を集めるスポーツと、速報性の必要なニュースくらいしか必然性が思い浮かばない。これ以外の映像コンテンツはほぼ全てインターネット経由で置き換え得るのではないだろうか?すなわち、発生直後の事象の報道や国民的関心を呼ぶような事象の伝達については放送の意味があるが、それ以外の点に関してはオンデマンド配信でかまわない。DVDレコーダーの普及がそれを証明している。

つまり、公共電波による放送が不偏不党の報道機関の役割も果たさなければならないという今までの前提を見直すべきなのだ。公共財である電波を使っている限り、無理だとは分かっていても不偏不党性を追求すべきという(努力)目標はあるべきだと思うし、使っている事業者には特定の役割を負わせるべきだ。しかしこれは電波利用の対価としてであり、放送事業者のみに一定の法的便宜(著作権処理など)を与えることとは話が別だ。放送事業許可という意味では、より広く例えばインターネット専業事業者に対しても与えていけるはずだ。放送法第一条が目的としているような単一の事業者では不偏不党性の確保はできなくても、複数の事業者の自由競争をコントロールすることで、放送システム全体としては、所期の目的である表現の自由、健全な民主主義の発達を達成できると思う。そしてこの効用は特定少数による公共電波独占時代よりも大きくなるのではないだろうか。

放送法 第1条 この法律は、左に掲げる原則に従つて、放送を公共の福祉に適合するように規律し、その健全な発達を図ることを目的とする。
1.放送が国民に最大限に普及されて、その効用をもたらすことを保障すること。
2.放送の不偏不党、真実及び自律を保障することによつて、放送による表現の自由を確保すること。
3.放送に携わる者の職責を明らかにすることによつて、放送が健全な民主主義の発達に資するようにすること。

投稿者 hyotan : 2005年02月02日 23:16

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