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2005年07月27日

放送と通信の融合の別の側面

新聞の衰退が確実となった中(世界各国で部数と広告収入が減り続けている)、次はTVなのは明らかだ。ところで、音楽業界は一時の大幅な落ち込みから少し回復の兆しがあるようだ。オンライン配信に舵取りを切ったところが要因としてあるようで、やはり時代の流れに逆らうのではなく、うまく適応していくしかないという当たり前のことが示されている。TV業界に関しても、ここ1ヶ月、民放TV局のネット配信話であるとか、また2011年にアナログ波停波見込みがまずくなったため地上波デジタルをIPを利用して再送信する話も政府から出てきた。このあたりは時代の流れの必然であって、もはやコメントに値するものではなさそうだ。民放キー局のインターネット再送信によるフランチャイズ侵害の懸念など、ほとんど笑い話である。

ここまではよいとして、放送と通信の融合とは、ネットを使ったオンデマンド配信以上に何があるのかということを、仕事上の要請から最近具体的に考えている。いくつかありそうだが、一つ漠然とながら思い巡らせていることに、編集されない映像というものが今まで以上に重要視され、流通していくようになるのではないかというものがある。放送というのは編集した映像を流すものだが、通信の場合は基本的に編集はされない。ここの境界も今後ぼやけると考え始めている。

こう考える理由は次の通りだ。ジャーナリズムに関して、なんだかよくわからないがエスタブリッシュされた報道機関が報道しているから正しんだろうといった素朴な信頼感が意味を持たなくなっている。これは既存権威の相対化であるし、blogのような市民ジャーナリズムの隆盛でもある。ここで、客観的に報道の正しさを示すものが必要になってくるが、その手っ取り早い手段の一つが未編集映像の公開なのではないかと思う。現在のTVニュースでは、数時間にわたって取材された映像がたった数十秒しか使われないといったことも珍しくない。その結果、編集が映像に意味を持たせるようになり、Sound biteのように要人の発言の一部だけを切り出して前後の文脈を無視して報道し、それが一人歩きするといったことも起こっている。

もちろん、編集がなくなるわけではない。すべてが未編集映像では退屈で視聴に時間がかかるばかりだ。簡単なのは、TVやvodcastで編集済映像を流し、必要に応じてOn demandでその根拠映像を見れるようにするといった配布方法だろう。

投稿者 hyotan : 2005年07月27日 10:58

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