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2006年01月24日
映像体験の質感
私事だが、年末にTVを買い換え、自宅で地デジ放送が見られるようになった。まあ、仕事柄今までも外ではさんざ見ていたが、やはり自宅でリラックスしてみるとまた印象が違う。同じTVでDVDをみるとさすがに辛く感じる。早くHD対応のDVDが普及して欲しい。
以前、比較的金持ちなアメリカ人と飲んでHDTVの話になったときに「あれは高級ワインと同じで、必要ないと思うけど飲み慣れるともう安いワインには戻れない」というセレブなコメントがあった。その辺は実感としてよく分からないものの、SDをみると、コシヒカリを食べ慣れたあとに古米を食べたくらいの違いを感じる。
それにしても、デジタルになった結果、テレビの電源入れてから映像が出るまでの時間、チャンネル切り替えにかかる時間に相当ストレスを感じる。中のOSやらデコーダーやらの理屈は分かっているんだが、あのアナログのさくさく動く感じは視聴体験にとってとても重要だったことが改めて分かった。インターネット放送の体験というか質感の悪さの一つは、ザッピングしようとしたときのバッファリング時間も大きいのではないだろうか。
質感といえば、今のインターネットに決定的に足りないのは質感だと常々思っている。2chに象徴されるテキストのコミュニケーションは中身も見た目も非常に質感が悪い。ジャンクメディアという評価はよく分かる。ジャンクであるからつき合うために緊張感がいらないため人が集まりやすいという議論に個人的には賛成だ。CGM (Consumer Generated Media) なるものが注目されているが、マスメディアではカバーできない深いコンテンツが提供されるというポジティブな面は大きいが、ジャンクであるがために人々に消費されやすいという面もあるのではないだろうか?
コンテンツにおいて悪貨は良貨を駆逐されてしまうのだろうか?まあ、現状の小さな画面、テレビに比べて低い画質(解像度、フレームレートだけでなく、表示デバイスの特性なども含んだトータルな視聴体験画質)を考えると、質感がよいコンテンツの良さは今の状態では全然出てこないだろう。この辺りは技術の進歩によって改善されるものだが、それに伴ってコンテンツも質感が伴ってくると希望を持って予想している。それまでは、質感のある映像はテレビに頼らざるを得ないのだろうか。
投稿者 hyotan : 2006年01月24日 23:47